2012年03月20日

性命

月灯りの射す一室で私たちは世界を眺めていた。
眼下には月光を返す海原が広がり、天空には星々が燦然と煌めいている。
傍らに置かれた蓄音機からは、1960年代にピアニストのルードヴィッヒ・N・シュナイダーが録り残した楽曲が流れてくる。反復する小節は螺旋状の隆起を形成し、脳内に心地よい安らぎをもたらしてくれる。曲名は「世界に関する中間報告 性愛の観点から」。ミニマリズムの古典ともいわれる曲である。
彼のメモ−−性愛さえなければ世界史はボトルの中の水のように穏やかだった。性愛を手にしてしまったばかりに、世界には混沌が訪れ、悲しみが増えてしまった。そして、皮肉にも悲しみにより文学が導かれた。つまるところ、性愛は混沌となり、文学に帰結する。そうでなければ、欲望の排泄的な行為である。
彼からすれば、その時の私たちの存在はどちら側だったのだろう。
愛を持て余した私たちは。
女はいつも私の肉体を求めた。私は女の中にある安らぎを求めていた。
女はいつも私に熱い口づけを施し、私は女の乳房に幼き日の唇の慰めを強いた。
女はいつも私の欲情を煽り、自己の奥深く、濡れた真部へと私を導いた。
私は女の母性に寄りかかり、女の体内に埋没し、包まれようとしていた。
そして今夜も、長く、短い、極彩色のひとときが訪れる。
女は言う、「もっと愛して」と。
私は答える、「愛がわからない」と。
女は言う、「簡単よ。私の唇を優しく、烈しく吸うことが愛よ」と。
私は答える、「フルートを奏でるのに似ているね」と。
私たちは互いの腕の上に頭をのせ、口づけを交わした。
私は優しく、烈しく女の唇を吸った。
女の舌は烈しく、優しく私の腔内を嬲った。
ボレロのように反復される行為は、わずかずつ濃密さを増していく。
互いの腕が交錯し、肉体をまさぐりだす。
女は言う、「もっと愛して」と。
私は答える、「何を求めるんだい」と。
女は言う、「自分を慰めるよりも丁寧に、肉体を刺激して」と。
私は答える、「真白いレースに刺繍を施すようだね」と。
私たちは互いの肉体を、丁寧に愛撫した。
皮膚の細胞ひとつひとつを、それぞれの指で覆うようにして。
髪を掻き分けて項をまさぐり、耳朶を揺らし、耳孔を塞いだ。
喉から鎖骨へと指を滑らせ、乳房で小刻みな小休止をした。
腹部を撫で、下腹部の花びらに最上級の口づけを施した。
女の脚が悶え、私の肉体に絡みつく。
女は言う、「もっと愛して」と。
私の唇は潤った女の花びらに塞がれて何も答えることができなかった。
女は言う、「強く大きな愛を下さい」と。
そして、昂って硬直した私の蒼い存在を自らの内部へと導いた。
ぬめりとした感触が私を飲込み、またしても私は女の中に埋没してしまった。

女は言う、「愛しているの」と。
私は夜空を眺めながら、愛と云う名の星座を探したがわからなかった。
天空にはヴィーナスとアンタレスが輝いていた。
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2012年03月17日

崩落

空が落ちてくる−−そんな話をあなたは信じるだろうか。
それは私がまだ若い頃の−−画学生の頃の話だ。
私は絵の勉強と称して、パリへ留学していた。
留学と言えば聞こえはいいが、金のない貧乏学生で、ノートとペン以外は何もなく、パンとワイン、たまにフロマージュを口にするぐらいが精々の暮らしぶりだった。
不自由と言えば不自由だが、それ以上に自由ではあった。
しかし、そんな生活も長いこと続けているといささか飽きてくるもので、私はパリ以外の風景を見たくなったのだ。できるなら、田舎の風景を。
或る日、そんなことをアパルトマンの主人にこぼすと、「ルクセンブルグの近くに、中世の町並みを残した村があるらしい」と教えられたのだ。
ただ、村の名前は彼にはわからなく、以前酒場で一緒になったことがある商人から聞いたそうだ。
私は大変興味を惹かれ、その村を目指すことにした。しかし、正確な場所は判らなく、そっちの方へ向かうクルマを引っ掛けては乗せてもらうという行為を繰返してアプローチする以外になかった。ヒッチハイクをしていれば何か情報も手に入るだろうと淡い期待を抱いていたが、結局は何も手がかりが掴めぬままだった。
パリを出て三日目のことである。泊まった安宿を出ようとしていると、大きな荷物を携えた、商人風の男が足早にフロントへやってきて出ていくところに遭遇した。そのときの私は、誰彼と言わずその村を知らないかと聞くようになっていて、早速その男にも尋ねたのだった。
男は、難しそうな表情を浮かべて少し考えると
「Mという集落じゃないか。確かに古い町並みは残っている。ただ、もう村と呼べるほど人も居ないし、何より−−」
と、そこまでは聞き取れたのだが、フロントの電話のベルが鳴り出して、その後の言葉を聞き漏らしてしまった。男は「ボンボヤージュ」と手を振ると忙しさを強調するように時計の針を確認し、小走りに出ていった。
私はひとまずそのMを目指すことにした。その日三度目のヒッチハイクで、幸いにもその集落を知っているという人のクルマに乗ることができた。
ただ、「もうそこは」と商人と同じように人が居ないし、他に何もない、と言うのだった。そして−−神に呪われているからね、と。
「神の呪い?」私はその言葉を拾って確かめたのだが、彼は大きく頷いただけだった。詳しく聞こうとしたが、苦い表情を浮かべるばかりで、何も教えてはくれなかった。口にするのも忌まわしかったのだろうか。
私は歩いて夕方ぐらいには着けるぐらいの場所に下ろしてもらった。
「あとはこの道を真直ぐ行って、山を越えればいいさ」彼の教えの通り山道を進んでいくと古い絵画の中で見たような集落が不意に眼下に広がった。堅牢そうな建物が畑の合間に立ち、遠くには水車が回っているのが見えた。おそらく、あの西陽をうけたそれらの風景は、芸術の道を歩む者でなくとも心打たれるものだったのではないだろうか。
私はその集落へ駆けて行った。足を踏み入れると、尚のこと感情は昂った。
しかし、である。すぐにその感情は寂しさというよりは、不安の色を帯び始めた。
一切人気を感じないのである。誰も歩いていないばかりか、試みに家の扉を叩いても反応はなく、開けてみたのだが(失礼だとは思ったが)、生活している様子もなかった。
正確には最近まで生活をしていたようなのだが−−卓の上に食事をした後が残っていたり−−少なくともひと月以上は経っているようだった。
訝しみながら、次々と家を覗いてみたのだが、どこも寝台のシーツが縒れたままだったり、ワインがグラスに残ったままだったりで不自然に住民が消失したようだった。大地震にでもあったのだろうか、と思ったりした。
だが、私は奇妙な想いを抱きながらも、この集落に泊まることにした。日が暮れてしまったというのもあるが、この村の美しい風景をもう少し長く見ていたいと思ったのだ。
不安ではあったが適当な家に宿を定めると、その近所の家々のキュイジィヌを物色した。結果、薫製した腸詰めとフロマージュ、ワインが数本見つかった。
普段よりも贅沢なそれらでひとり晩餐をし、私は心地よい気分で眠りに就いた。

と、夜のことである。
不意に何かの声で目が醒めたのだ。眠い目を擦って闇の中を凝視すると四つの目がこちらを睨んでいる。咄嗟に寝台の上で構えたのだが、よくよく見るとそれらは猫であった。二匹の猫が窓越しに私を睨んでいたのである。
私は少し安堵したのだが、気がつくとこちらの窓にも、あちらの窓にも猫らしきシルエットが見えた。
どうやら無数の猫たちがこの家を囲んでいるようであった。
「神の呪い」−−そんな言葉を思い出した。
何ともいえない恐怖が込み上げてきたのだが、その恐怖はさらに天空から落ちてくる音によって、いっそう膨れ上がった。
巨大な地震、或いは嵐がやってきたような、禍々しい空気が部屋中に充満し出したのだ。
私は荷物を持つと意を決して外に飛び出したのだが、煌煌と照っていた月は雲に隠れ、集落の空気は凶悪な緊張感を帯びていた。何よりも、今まで耳にしたことのない天空からの音が私を恐怖の中に押込めていた。
と、足下で猫が鳴いた。見れば、先ほど窓から睨んでいた猫が私を見つめている。
そして、こちらへ来いとでも言うように、先を歩き振り返るのだ。
私がそちらへ歩いて行くと、最前家の周りにいたであろう猫たちも−−その数は何十匹もの大群であった−−一斉に歩き出し、集落と外部とを繋ぐ山道を登り始めた。
今にして思えば、猫たちに導かれるように、私はその集落の外へと出たのだが−−。
唐突に、背後でいっそうの巨大な音が轟いたのだった。
世界の終わりを想起させるその音に、私は一瞬気を失った。気付いたのはそれからどれくらい後だったのだろうか。
辺りを見回したがあれほどいた猫たちの姿はどこにも見えなかった。しんとした樹々の気配があるだけだった。
私は先ほどの音が何だったのか確かめようと、もと来た道を戻ったのだが、雲から顔を出した月に照らされた眼下の集落は−−崩壊していた。
落ちてきた空に潰されたかのように、立体を失って。
私は不思議な気持ちでしばらくその風景を眺めていた。

帰国した後にこの話を知人の何人かにしたのだが、一様に夢でも見たんじゃないのかと言うばかりで誰も信じてはくれなかった。
ただ、今でもあれが神の呪いのせいだったのだろうかと考えてみたりするが−−結局はすべて、神のみぞ知る出来事、なのだろう。


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2012年03月03日

性痕

蝋燭が揺らめくテーブルの上にはワインのボトルが2本と枝付きの干しぶどうが入った皿、それとハートやスペイドの描かれたカード。
私たちは、ときおり赤いワインを体内に流し込みながら、ポーカーを楽しんだ。
それぞれの手元には5枚ずつカードが配され、互いに顔色を窺いながら手元のカードの数字やスートを揃えるべく慎重に数枚を捨て、機械的に同じ枚数だけストックから拾った。
私たちはコインの替わりに互いの肉体を賭けた。
勝った方が相手の肉体に口づけができるというものだった。
口づけは指の先から始まり、両の腕、胸、腹、大腿、と下降し、爪先を目指した。また、口づけはその痕跡を残さねばならず、グレードの高い手で勝った時ほど長い時間の口づけと噛むことを許された。
簡単に言えば、最終的な目標は、口づけによる相手の肉体の占領だった。
故に唇への口づけが最終的なゴールだった。

女はワインを一口含むと涼しげな笑みを浮かべた。
「レイズ。右の乳房も賭けるわ」
私は干しぶどうを一摘み食べ、ワインを飲んだ。そして、自身の手元のカードを確かめるとコールした。
互いの手札を開示する。
女はハートのフラッシュで、私はジャックとキングのフルハウスだった。
女は少し戯けたような仕草をすると、真っ赤なナイトドレスを脱いで、黒のガーターベルトにストッキングという姿になった。魅惑的な部分を優しく覆う布はない。
私は女の臍に長い口づけをし、左の乳房を噛んだ。女の口からは呻くように息が漏れた。
続いての勝負は女がクイーンのスリーカードで勝ち、私の首に色の濃い痕跡を作った。
その次も女が勝って、私の右胸に歯形を残した。
互いに衣服はほとんど身に付けておらず、上半身のあちこちに赤や紫の痣が見える。
私はワイングラスを空けると、次のラウンドで強気な勝負に出た。
女の手を嘲り、強引につり上げた。
「どうなっても知らないわよ」そんな言葉も無視して。
ドローの後の新しいカードを確かめずに開示した。
7のフォーカードで、果たして私の勝ちであった。
私は女の太腿を愛撫しながら、敏感な部分に口づけをした。
小さな木の実のような突起の下からは蜜が溢れている。
私は舌の先でそれを掬い、小さな木の実を優しく転がした。グラスの中でワインを転がすように。女が呻き声に似た声をまたしてもこぼした。
私はその敏感な部分へ長く情熱的な口づけをした。
次は女の番だった。昂った薄紅色の感情をぶつけるように強引な勝負に出てきた。
「覚悟はできてる?」
開示すると、ハートのストレートフラッシュで、女の勝ちだった。
女は私の実存を隠すささやかな一枚を脱がすと、烈しい口づけを敏感な部分へ施したのだった。
両の手と唇とを使い、淫らな音を立てながら。私から気力までも奪うような行為だった。
官能が昂り、肉体が先を促す、も女は悪戯な笑みを浮かべて勝負へと戻った。
「まだダメよ」右の目でウィンクして。

私たちはそんな挑発を繰返しながら、互いの欲情を煽ったのだった。
最後に唇に口づけをする頃には、野獣性に充ちた表情になっていた。

posted by flower at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 淫詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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