2013年08月17日

宝くじ

マスター、ご機嫌そうに口笛を吹きながら店内に入ってくる。
それを見て、バイトの女の子「暑さでおかしくなったんですか?」と。
マスター、軽く笑って「ちょっといいことがあってね」と、煙草を取り出してくわえる。
女の子、「奇遇ですね。私もいいことがあったんですよ」と、グラスを磨きながら。
「亜沙美さんのは、食べもの? 誰かに焼肉に誘われたとか」煙草に火を点けて、吐く。
「違いますよ。食べものは当たってますけど、誘われてはいないです」
マスター、唸り声を上げながら「うなぎ、か、お寿司?」
「うなぎもお寿司も焼肉も好きですけど、私、そんなにこってり派じゃないですから。もっと、素朴で、オシャレな食べものです」女の子の頬が、少し膨らむ。
「メロン?」眼を細めて、首を傾げながら。
「残念でした。桃、です」
「あぁ、そう言えば、前にそんなこと言ってたね。桃、ね。田舎の」マスター、頷きながら。
「そうなんですよ。待ち遠しかったんですけど、田舎からようやく届いて、私的にはこれで夏本番です」女の子、息巻くようにして。
その様子を笑いながら、マスター、「もう、お盆過ぎたら、夏も終わりだよ」と。
ちょっとうんざりした様子で、「まぁ、いいんです。夏は短い方が」呟くように。
「ところで、マスターのいいことって何だったんですか?」
「宝くじが当たってね」とマスター、嬉しそうな表情を浮かべる。
女の子も、一瞬嬉しそうな表情を浮かべる。
「300円てオチじゃないですよね? いくらですか? 1000万円とか?」
「亜沙美さん、言っておくけど、オレ、そこまでくじ運ないから」若干の苦笑を浮かべながら。
「3000円。一応、3枚買ってだから、効率的にはいいよね」
「それでもいいですね。お寿司かうなぎ食べましょうよ」
「回ってるお寿司ならご馳走できるかな。うなぎは赤字になるからダメだけど」
「でも、珍しいですね。夏場は運気が下がるっていつも言ってたのに」
頷きながら、マスター、気持ち良さそうに煙草の煙を大きく吐き出す。
「まぁ、たまにはこんなこともあるんじゃない。
というかね、今回のは、ちょっと当たるかなって思ったんだよね。
この前、飲みに行ったときに、直前に古本屋で面白そうな本を買ったの。100円で。
で、飲み屋に行ったら、気前よく振る舞ってくれる御仁がいてね。お礼に、その本を上げたんだよ。そしたら、その本が気に入った、って2000円寄越してね。
悪いと思ったから、返そうとしたんだけど受け取ってくれなくて。それで、まぁ、せっかくだから半分は飲み代に回して、半分で宝くじを買ってみたんだよ。
何となく、こういうときって、いいことが続いたりするからね。
で、宝くじを買ったら、実際に当たったていう」
女の子、「わらしべ長者ですね」と感心しながら。
「そうだね、100円が3000円だからね。で、次はこれで馬券でも買ってみようかなとちょっと思ってるんだけど」
と、嬉しそうな表情を浮かべているマスターに対し、女の子の表情が曇る。
「たぶん、今までの展開でいくとそろそろ潮時なんじゃないですか。競馬は、大損しますよ。競輪とか、競艇とかも」
「かもね。じゃぁ、亜沙美さんは何に投資したらいいと思う?」
「もちろん、私ですよ。高いものを戴くほどに、貢献できるかと。回らないお寿司とか、高級焼肉とか」
「思いっきり赤字だね」と、マスターが失笑して、時計の鐘が鳴って。
昼下がりの窓の外には大きな入道雲が沸き上って。

posted by flower at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 喫茶 ベダード   | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

記念日

私は***よって殺された。
仕事を奪われ、
友人を奪われ、
子どもを奪われた。
人間としての自由な領土と時間と
個人の財産を奪われ、
そして、虚偽と誇張により信頼を失った。

温かい家庭の為に手に入れた家は廃墟のようなものに変貌し、
残ったのは空虚な時間ばかりだった。

生きている意味が判らないほどに漠然とした日々が重なっていく。

どれほどのことがあって
人から自由や友情や尊厳や子どもへの愛情を奪えるのだろう。

私の掌には無意味に時間を塗りつぶすアルコールの為の金しか残っていない。

私は***によって殺された。
悲しみと怒りが肉体を蝕んでいく。

私ははやく世界から消えてしまいたい。
消えてしまって、穏やかな日々へと埋没したいのだ。

***の記念日には
私の肉体に刻まれた悲しみと怒りを贈ろう。
丁寧に艶やかな包装紙で飾り、
時間を指定して届けよう。

***は刻まれた私の肉体を見てどう思うのだろう。
「またひとり死んだ」とだけ思うのだろうか、
とりあえずの悔恨を口にするのだろうか。

私は***によって殺された。

母親の愛情を奪われ、
わずかばかりの夢も奪われた。

孤独な時間ばかりが積み重なっていく。

あと幾日かしたら記念日だ。
そのときは私の肉体を切り刻んで贈ろう。
時間を指定して、
綺麗な箱で。

***はホルマリンに漬かった私を見てどう思うのだろう。
「残念なできごと」とだけ思うのだろうか、
あまたの言い訳を口にするのだろうか。

私は***によって殺された。
そして、暗闇ばかりが残された。
posted by flower at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 淫詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

痴図

私たちは知らない街の地図の上で逢瀬を重ねた。
素敵な名前の喫茶店があれば、
「ここで二人で紅茶を飲んだのよね。貴方は新聞を広げて、わたしは詩集を読んで」
彼女はアールグレイの紅茶を飲みながらそんな話をした。
気になる洋食屋があれば、
「ここのゴルドンブルーがもう一度食べたいわ。あと、あのオムライス。デミグラスソースが半熟の卵とよく合うの」などと幻の記憶に舌鼓を打った。
私はそれに合わせるように、ときに小さな出来事を話し、ときに会話の断片を話し、彼女の記憶に色を着けた。
また或る時は、バーであったり、映画館であったり、美術館であったりしたが、それぞれに物語を付与し、豊かな思い出へと昇華させた。
作られた思い出の中には、情熱的な愛についての物語や、何とも言いようがない悲しい話もあった。
「この小径、覚えてる?」と彼女は云う。眼には悲しげな色を浮かべている。
「あなたとケンカをしたの。何が理由だったかは思い出せないけど、とても切なくて」
そう云って最後には涙を浮かべて。
私はケンカの理由を必死で取り繕って、涙を浮かべる彼女を優しく抱いた。
「もう、ケンカはしないよ。愛しているのだから」私は優しく彼女の唇に口づけをした。
すると、瞳以上に潤いを持った唇は、私へ艶やかに返答する。
「ねぇ、もっと愛して」と。
私たちは抱き合うようにしてベッドに倒れ込み、地図帳をめくるように一枚、二枚と衣服を脱がし合っていった。
「あなたと泊まったあのHと云う街のホテルが素敵だったわ。ロビーがクラシックなサロンのようで。美しいシャンデリア、赤い絨毯、緑色の壁には古いヨーロッパの町並みと子どもたちの写真。
部屋もよかったわ。昔の映画で見たような落着いた内装に、シックな調度品。広い部屋の窓からは、美しい山々が見えて。私たちは、あのふかふかの大きなベッドで何度も愛し合ったのよね」
彼女は「あの夜の会話、覚えてる?」と訊ねてきた。
それに対し、私は最初とぼけて返答した。
彼女は「ヒドいわ。もう、忘れたなんて」と云って、私の“忘れた”物語を話してくれた。それを聞いているうちに、私は「そうだったね」「いや、違うよ」と相づちを挟みながら、物語を思い出すことに努めた。
そんな会話のひとつに、
「わたしの身体のこと、覚えてる?」と云うものがあった。
それは彼女の身体の部位についてのエピソードを求めるものだった。
私は「あの街で、とても可愛がったね。きみが、そこが感じるからって」
そんなことを云って、私は彼女の、乳房を、耳朶を、太腿を丁寧に愛撫した。
そして、「恥ずかしがって、なかなか見せてくれなかったけど。でも、本当にとても美しいよ」と彼女の花びらに口づけをした。
彼女のそこは、唾液で濡れるよりも前から、朝露が溜まったかのように、十分に潤っていて、素敵な香りを漂わせていた。
彼女は「いつまでも忘れないでね」と云って、私の身体に強く愛を求め、官能の記憶へと埋没していった。

見知らぬ街の地図を広げるたびに彼女の声が甦ってくる。あの肉感とともに。
posted by flower at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 淫詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月12日

生きているといろいろなことに遭遇するが、これは一昨年の夏の話である。
その頃の私は、仕事がらみの人間関係に悩まされ、また、並行して私生活でもトラブルに見舞われ、鬱々とした精神状態にあった。
このままでは潰れてしまう、との本能的な危機を感じた私は、飛び出すようにして家を出たのだ。いつもの乗り馴れた自転車で、いつも持ち歩く鞄(中にあったのは財布と本くらいだった)を持って。当然シェラフなどはなかった。
どこかへ向かうアテなどなかったが、何となく自転車は隣の県のS湖を目指していた。
S湖は縦に長く、かつては運搬や交通の要所としての機能も果たしていた湖でもあった。
家を出て二日目のことである。
湖の北部の辺りを走っていた私は、不思議な集落に入ってしまったのだ。
不思議な、と表現するとナンだが、余所者を排除するような閉鎖的な雰囲気が漂い、狭い一本道の関所のような入口から入った途端に違和感を受けた。
違和感の中身は、古い町並みが残っているとか、古い名残が残っている、と云うものではなかった。四十軒ほどの家があるのだが、家々自体は現代的な意匠のものもあり、格別な古さが漂っているわけではない。
恐らく家の配置とか、街に堆積した住民の営みが産み出す特質なのだろう。後で判ったが、その集落は険しい山々と湖の間に存在し、湖を渡ってくるか、関所を通らなければ入ることができなかった。
その集落に入ったのは、西の空が赤く染まりだした頃だった。
初日は屋根のあるバス停で寝たのだが、その日はせっかくなので民宿にでも泊まろうかと思い、集落の中をウロウロとしてみた。
二軒ほど民宿の看板を出した家が見つかったが、どちらも今は廃業しているとのことだった。空き家でもないかと探してみたがそれもないようで、仕方なく私は集落を見下ろすようにして存在する神社で夜を明かすことにした。神社はその集落を守護する存在なのだろう、集落名のついた神が祀られていた。
境内には人気はなかった。社務所らしき建物にも誰かが居るような気配はない。
私は境内の傍らの人目につきにくい場所に自転車を停めると、お堂の中で休むことにした。
お堂の中には埃を被った本尊が一体置かれている。
私はその神に一礼をすると、その晩の加護を祈念した。
さて、その夜である。
旅の疲れもあり、来る際に手に入れたお酒を飲んだこともあって、私は深い眠りに導かれたのであるが、何故か夜更けに目を醒ました。後で振り返れば寧ろ起こされたと云えなくもない。
お堂の外から声がした。何を云っているのか明瞭には判らない。
ただ、何かを口論しているような空気が伝わってきた。
お堂の格子戸から外を見ると、月灯りの中に殺気立った武士のような二人が相対するのが見えた。刀を正眼に構え、何か声を発している、ように思えた。
しかし、その身体には首から上がないのである。首から下の人形。
声はどこから出ているのか、と思って周囲を見渡すと、傍らに落ちた首があり、そこから発せられていた。
首は云う「この怨みを今宵晴らさん」と。もう一方の首が云う「汝、切り捨てん」と。そして、胴が動きだし、刃が互いの肉体を斬りつける。
私は恐れながらその風景を見つめていたのだが、不意にこちらを見た首と目が合った。
ぎろりと目が私を捉える。「人の匂いがする」「人の匂いがする」首が云う。
ざくざくざくざく、玉の石を踏みしめる跫音が近づいてきて−−。
私は恐怖心から神に祈るばかりだった。
そして、祈るうちに、いつしか私は気を失っていた。

気がつくと辺りは陽の光を浴びていた。
私は一目散にそこを離れ、誰か人の居る場所を求めた。
何キロか先の煙草屋で漸く人と話すことができた。そこで件の話をすると、「あすこは怖い場所なんだ」とだけ云われた。

何度思い出しても不可解な思い出である。
posted by flower at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | novel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月05日

初恋

私の何度目かの恋の話である。

その恋人はツルゲーネフの『初恋』が好きだと云う女性だった。
古本屋で見つけると必ず買い、大事そうに持ち帰っては広くない自室の本棚に丁寧に並べた。
文庫本もそうでないものもあったが、字も読めないのに海外のものまであった。
「言葉も、ジナイーダの存在も魅力的だけど、初恋と云う言葉が好きなの。だから買っちゃうのよね」
バラのジャムが入った紅茶を飲みながら、その女性はさっき買ったばかりの何百何十何冊目かの『初恋』を手に語った。
「初恋って瑞々しい果実のようであり、霜柱のように儚いものよね」
女性はそう云うと、小説の中の一節を朗読した。
「好きなんだ、この文が」うっとりとした表情を浮かべる。
と、不意に、女性の目が私を捉え、私の頬を白い指で撫でた。
ゆっくりと白く細い指が上下し、愛撫する。
「もぎたてのプラムのようね」
私の産毛を、確かめるように。
「もっと触れていいかしら」彼女の十本の指が私の顔を包む。
そして、赤い唇を近づけ、私の口唇に触れた。
幾度か強く寄せられ、幾度か強く返した。
幾度目かで互いの割れた口唇からぬらりとした触覚が伸び、縺れ合った。
指が互いの顔を、頭部を愛撫し、背中から臀部へと移った。
数分後、彼女がゆっくりと服を脱ぎだした。
ひとひら、ふたひらと花弁が落ちるように、服が床に広がる。
紫色の薄いレースのシュミーズだけとなった彼女は、椅子に腰を下ろす私の膝上に跨がり、『初恋』の一節を読み上げた。
私の眼前には小さく尖った乳房が透けて見えている。
それもまた、初々しい果実のようであった。
「何度も初恋ができたらと思うの。あの、切なさを。あの、心の昂りを、何度も味わいたいの」
そう云うと、彼女は私の唇に自身の乳房を押付けて寄越した。
シュミーズ越しにその尖端が当たる。
私はそれを唇で受け止め、唾液のついた舌で弄んだ。
女性の口からため息が漏れる。
私の愛撫に呼応するかのように、女性の手が私を掴み、昂った想いを更に挑発した。

四方を本に囲まれた彼女の部屋で、私たちは何度目かの初恋を楽しんだ。
夜が更け、朝の陽が窓辺に伸びてきても、私たちは愛を語り、愛を確かめた。
女性は云う「どんなに肉体が素敵な快楽の中にあったとしても、不思議なもどかしさを感じる時があるの。互いの敏感な部分を触合わせているよりも、口づけをしているだけで、相手と感応し合えていると思う時が。私はそんなひとときを求めてしまうの」
女は私の唇に自身の小さな唇を重ねると、恥ずかしそうに笑った。
posted by flower at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 淫詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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