2013年12月17日

足音

師走の昼下がり。客のいない店内にはゆっくりめのジャズが流れている。
と、新聞を広げて煙草を吸っているマスターが大きなクシャミをひとつ。
「風邪だなぁ」マスターが洟を啜る。
「珍しいですね。風邪をひかれるなんて」と、バイトの女の子が珍しげな視線を送る。
「何かね、昨日変な体験をしてね。それで朝飽きたら、身体が重くなってて。頭も重いし、目眩もしてね」首を傾げながら話すマスター。
それを見て、女の子がヒニクそうな笑みを浮かべる。
「飲んで、酔っ払って、ラーメン食べて、裸で寝て、とかじゃないんですか。それで、二日酔いと、肥満とで、とか。原因は不摂生じゃないかと」
マスター、不摂生は当たってるかもね、と苦笑まじりで返す。
「でもね、寝てるときにヘンな体験をしたんだよ。風邪が歩いてくる足音って言うか、お酒は少し飲んでたけど、今回はラーメンも食べてないし、裸で寝てもいないし。
とりあえず日付が変わる前くらいには床に就いたんだよ。たまには早く寝よって思って。
で寝たんだけど、何故か不意に夜中に目が醒めて。
まだ暗かったんだけど、もしかしたら朝方なのかなとか思って、一応時刻を確認したんだけど、時計はまだ午前2時ちょうどでね。
朝まで時間あるし、寝ようって思って眼を瞑ったんだけど」
と、女の子、「それって怖い話ですか」と。眉を顰めながら。
それに対して、マスター「どうだろう、微妙に怖いのかな。まぁ、大した話じゃないんだけど。とりあえず、眼を瞑ったんだよ」と、淡々と続きを話し始める。
「眼を瞑ってちょっとしたら、玄関の方で、コトンて何かが落ちる音がしたんだよ。一瞬、猫が何か落としたのかな、って思ったんだけど。他に音がしなくてね。猫が歩いてるような気配もないし。まぁいいやって思って寝ようと思ったら、暫くして、またコトンて音がして。今度はさっきより近いところで−−。
で、何だろうって考えてたら、また、コトンて。もっと近い場所で。
何かが近づいてるのかなって思っているうちに、部屋のすぐ傍で、コトン、て。
あっ、近いって思っているうちに、今度は部屋の隅で鳴って。何だろうって視線を移そうかと思っているうちに、今度は枕元で、コトン、て。
さすがに怖くなって目を閉じたら、次の瞬間、身体にドスン、て衝撃がきて、意識を失ったんだよ。で、朝目を醒ましたら、身体が重くなってて、風邪をひいていたっていう。
たぶん、あれは風邪の足音なのかなって。もしくは疫病神」
マスター、もう一度大きなクシャミをして、洟を啜る。
女の子、「マスターの生活って不思議な出来事多いですよね」眉を顰めたまま。
マスター、「そうかなぁ、まぁ、生きているといろいろあるからね」と淡々と煙草をくゆらす。
「そういえば、最近私もヘンな出来事に遭遇しましたよ。
この前、実家に電話をしようと思ったんですが、携帯電話のバッテリーが切れちゃって、公衆電話からかけようとしたんです。で、見つけたんですが、公衆電話って十円玉か百円玉しか使えないんですよね。だけど、財布の中には五十円玉しかなくて。
どうにかならないかなって、思っていたら、公衆電話の隣がバス停で、ちょうど、バス待ちの男性がいて。両替をお願いしたんです。五十円玉2枚を百円にしていただけませんかって。
そしたら、百円じゃ足りないでしょうって、二百円くれたんですよ。
で、その日って云うのが私の誕生日で、これは神様からの贈り物なんだと」
その話にマスター、笑い声を漏らす。
「それは、神様からの贈り物と云うより、亜沙美さんのなせる技と云うか。
よほど何か、悲壮感とか、哀愁とかあったんじゃない」
「失礼ですね。あれは神様の、私の日ごろの行いへの労いなんですよ」と頬を膨らます。
マスター、苦笑しながら「ちなみに、その百円て結局何に使ったの?」と。
女の子、恥ずかしそうに「コンビニで、肉まんを」と恥ずかしそうに。
ジャズの音楽を消すように、マスターの笑い声が響いて。
窓の外では、小雪が舞って。師走の時間が過ぎていく。
posted by flower at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 喫茶 ベダード   | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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