2014年05月07日

因果

世界で起こる出来事とは、遍く、因果に拠るもの、なのだろうか。
先日のことである。年配のご夫人から奇妙な話を聞かされた。
散歩のつもりでぶらぶらと歩いているうちに、ついつい遠くまで来てしまい、休憩でもと思って入った喫茶店でのことである。
私は年季の入ったカウンターの席に腰を下ろしたのだが、店内にはほとんど客は居らず、カウンターに古希を迎えたくらいのご夫人と、そして、猫がいるだけだった。
コーヒーを注文すると私は猫に手を伸ばし、その喉や頭、背中などを撫でた。
猫はグルグルと喉を鳴らし、腹を見せるようにして甘えてくる。
腹は大きく、乳房が張っている。子どもが−−そう思った。
と、「その猫、お腹に子どもがいるんですよ」とコーヒーをドリップするマスターが声を掛けてきた。
「もうそろそろだと思うのですが−−。四五匹くらいいるんじゃないかと−−」
マスターは、フィルターの上に視線を注ぎながら話す。
私は猫の大きな腹を擦りながら、「そうですねぇ。それくらいは産みますかねぇ」と答えたが、当の本人(猫であるから『人』ではないのだが)は他人事のようにグルグルと喉を鳴らすばかりであった。
「里親を捜していますが、一匹どうですか」マスターは視線をこちらへ移し、民芸調のカップにたっぷりと入れてコーヒーを寄越した。
その間、カウンター席に座る女性は私が猫を撫でている様を眺めながら、コーヒーを飲んでいたのだが、不意に「因果、と云うものを意識したことがあるでしょうか」と問い掛けてきた。
唐突なそれに、私は「はぁあ」と間の抜けたような返事をしたのだが、そのご夫人は
「まぁ、何てことのない話なのですが、ふと、そんなことを思いまして」と気の弱そうな声で話し出した。
「私には素行の悪い息子が居りまして−−。昔から、何かと難儀な存在であったのですが。例えば、桜の頃に、庭の桜が花びらを散らして、お隣から苦情があれば、まぁ、掃き掃除をすれば済むようなものなのですが、桜の枝を残酷なほどに切ってしまい−−。
ネズミが家に出るようになると、ネズミを捕まえては、火で炙ったり、水に漬けて殺したりして−−殺すことを愉しむように、残虐な行為をしておりました。
納屋に野良猫が子どもを産んだときも、仔猫の首を折って、川へ投げ棄て−−、野良犬が敷地に入ろうものなら、弓矢で射抜くような、非道な者でした。
しかし、そんな息子にも娘がおり、そのような残酷な行為ができる人間とは思えぬ程、大層な可愛がりぶりでした。
当然私どもも可愛がっておったのですが−−先日、その孫が不審な死を迎えたのです。
遊びに行った先で行方不明になり、三日後、裏山で遺体として発見されたのです。死因は、頸椎の骨折に拠るものだったそうですが−−
小さな身体のあちこちに、様々な獣に噛まれ、噛み千切られたような痕がありました。
一緒に遊んでいた子どもたちは、『突然いなくなった』と云っていましたが、私には、その子の親の、息子の所業がそのような死を招いたように思われて−−」
私はカップに口をつけながら、どのような相づちを打つこともできず、漫然とその老婆を見ていた。
「猫や犬と云えど、生き物−−私たち人間と変わらない存在なのです。しかし、そうしたものへの驕りを持てば、逆に我々も天からの裁きを受けるのだと−−」
彼女はそう言って、小さくため息を吐いた。
マスターは煙草に火を点けると、淀んだ空気を追い払うように、大きく煙を吐いた。
猫は、またしても他人事のような顔をしながら、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
【関連する記事】
posted by flower at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | novel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。